アテネ生まれの経済学者、元ギリシャ財務大臣のヤニス・バルファキスの新書『テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。』についてご紹介します。
ヤニス・バルファキス氏は本書『テクノ封建制』の中で、資本主義はもはや変容を遂げるのではなく、すでに死んでいると主張します。彼によれば、資本主義のダイナミクスはもはや経済を支配しておらず、代わりに「テクノ封建制」と呼ばれる新たな形態が台頭している。
この「テクノ封建制」は、資本主義の突然変異のようなものであり、過去20年間で生じたという。この変化をもたらしたのは、二つの要因である。一つは、中国とアメリカの巨大テック企業によるインターネットの私有化。
もう一つは、2008年の金融危機に対する西側政府と中央銀行の対応だ。ヴァルファキスは、クラウド資本(Cloud Capital)が資本主義の二つの中心的な柱、すなわち市場と利益を崩壊させたと指摘します。
1. 資本主義は終焉し、「テクノ封建制」が台頭
かつての資本主義は、市場と利益を基盤にしていた。しかし、現在の経済システムでは、伝統的な市場は「デジタルプラットフォーム」に置き換わり、利益は「クラウド地代(Cloud Rent)」という形で発生するようになった。
Amazon、Google、Meta(Facebook)、Microsoft などの巨大テック企業は、クラウド資本を所有し、私たちのデジタルデータや行動を監視・最適化し、それを基に収益を生み出している。
この新しいシステムでは、市場は「競争の場」ではなく、「支配の場」となっている。クラウド資本を持つ企業は、ユーザーの行動を分析し、その嗜好を予測し、最終的には消費選択を操作する。これは、個人の自由な意思決定を制約する新たな封建的支配構造といえる。
2. 2008年の金融危機が「クラウド資本主義」の台頭を加速
2008年の金融危機後、各国の中央銀行は大量の資金を金融市場に供給した。しかし、この資金は実体経済の成長には向かわず、ウォール街の投機とテクノロジー企業のクラウド資本の拡大を後押しする結果となった。
伝統的な大企業は、この資金を活用して自社株買いを行い、株価を引き上げることに注力した。一方、Amazon や Google などのテクノロジー企業は、クラウド資本を構築するために積極的に投資を行い、データを支配する新たな経済秩序を作り上げた。
その結果、現在の経済は「市場競争」ではなく、「クラウド資本の寡占」によって動いている。経済の中心は、もはや伝統的な製造業ではなく、データを所有し、ユーザーの行動をコントロールするテクノロジー企業となっている。
3. 労働の変質と「自由な個人」の消滅
クラウド資本主義の台頭によって、「労働」と「余暇」の境界が曖昧になりつつある。かつての資本主義では、労働は「負の効用」とされ、賃金を得るために耐えるものと考えられていた。
しかし、クラウド資本主義では、私たちの日常的な活動(ソーシャルメディアへの投稿、検索履歴、オンラインでの消費行動など)が、クラウド資本の成長に寄与する形となっている。
特に若者たちは、SNS 上の自己表現が将来の雇用機会に影響を与えることを意識せざるを得ない。企業の AI は、求職者の過去の投稿や行動履歴を分析し、採用判断に利用する。
このようにして、人々は知らず知らずのうちに、自らのデジタル履歴を企業の期待に沿う形で「最適化」するようになっている。
4. 伝統的な労働運動は時代遅れに?
かつての労働運動は、工場の生産ラインを止めることで資本家に圧力をかけるという戦術を取っていた。しかし、クラウド資本主義の下では、労働者の役割は分散し、個々の労働がアルゴリズムによって管理されるようになっている。
Uber や Amazon のようなプラットフォーム企業では、従業員がストライキを行っても、別の労働者に仕事が割り振られ、影響を最小限に抑えられてしまう。
そのため、新しい労働運動の戦略として、消費者ボイコットや金融市場への攻撃 が重要になってくる。
5. 新たな抵抗戦略:「クラウド資本を逆手に取る」
クラウド資本主義に対抗するためには、伝統的な労働運動だけではなく、新たなアプローチが求められる。その一つが、消費者ボイコット や 金融市場への攻撃 だ。
例えば、プライベート・エクイティ(PE)ファンドが公共サービスを買収し、料金を引き上げる手法はよく知られている。こうした資本の流れを突き止め、消費者ボイコットを組織することで、彼らの収益を直接的に攻撃することができる。
具体的には、次のようなことがあります。
・水道料金や電気料金の支払い拒否運動(例:ヨークシャーの住民が1ヶ月間水道料金を支払わない)
・ターゲットを絞ったストライキ(労働者のストと消費者ボイコットを連携させる)
・金融市場の脆弱性を狙った攻撃(PEファンドの資金の流れを分析し、特定のデリバティブ商品に影響を与える)
こうした運動は、SNS を活用することで迅速かつ広範囲に組織できる。
6. 「クラウド資本の民主化」こそが次世代の解放運動
クラウド資本主義を批判するだけではなく、それを乗っ取る戦略が必要だ。デジタル決済システムや分散型プラットフォームを公共の利益のために活用できれば、クラウド資本の支配構造を崩すことができる。
私たちは、クラウド資本を単なる「監視・支配のツール」としてではなく、「民主化のためのツール」として活用できるかどうかの分岐点にいる。
新たな時代の労働運動は、次のようなものがあります。
・クラウド資本の仕組みを理解すること
・デジタル技術を活用し、消費者と労働者を組織化すること
・金融市場の脆弱性を利用して資本の流れをコントロールすること
この3つを柱に据えるべきだ。
まとめ:クラウド資本主義の支配を超えて
かつての労働運動が産業資本主義のもとで労働者の権利を勝ち取ったように、次世代の解放運動は、クラウド資本主義に対する新たな抵抗戦略を確立しなければならない。
クラウド資本の民主化を目指すことこそが、21世紀の「自由の回復」につながるのではないだろうか。