今回はバイオ投資におけるテールイベントについて考えてみたい。その前に、まず投資におけるテールイベントを説明する際に、モーガン・ハウセルの伝説の書『The Psychology of Money (サイコロジー・オブ・マネー)』からの一節をご紹介したい。
モーガン・ハウセルは『サイコロジー・オブ・マネー』において、テールイベントについて大成功した美術商を例に取って紹介している。
5割の確率で失敗しても、富は築ける
ドイツ人のハインツ・ベルクグリューンは、1936年にナチスの家を流れて、米国に亡命した。米国では西海岸で暮らして大学バークレー校で文学を学んだ。誰が見ても特別な才能がある若者ではなかった。だが、1990年代には、大成功収めて、美術商 (アートディーラー) になっていた。
2000年、ベルクグリューンは、ピカソ、ブラック、クレー、マティスの膨大なコレクションの一部を、ドイツ政府に1億ユーロ以上の価格で売却した。この額は、ドイツ政府が事実上寄付とみなすほど割安だった。個人取引の場合であれば、優に20億ユーロを超えると見積もられている。
大成功した美術商のカラクリ
1人の人間が、これほど膨大な量の名画、集められるのは驚異的だ。芸術作品は、限りなく主観的なものである。目の前に絵画が、将来的にその世紀を代表する作品として評価されるかどうかを見抜くには、どうすればいいのだろうか?
それは “技能” なのだろうか。あるいは “運” なのだろうか。投資会社のホライゾンリサーチは、技術でも運でもない、3つ目の要因について説明している。それは、投資家にとってもとても重要なことだ。
「優れた美術品商は、膨大な量の美術品を投資対象として購入する」と同社は書いている。「多くの美術品を長期保有すると、その1部が優れた投資対象であることが判明する。その結果、ごく1部の高リターンな美術品により、コレクション全体が黒字になる。これが成功する美術品商のビジネスの仕組みなのである。」
優れた美術商は、インデックスファンドのような仕組みでビジネスをしている
優れた美術商は、インデックスファンドのような仕組みでビジネスをしているのだ。まず、めぼしい作品があれば根こそぎ買う。気に入ったアーティストの作品を集中的に購入するのではなく、様々なアーティストの作品をポートフォリオとしてまとめて購入するのである。
そして、そのうちが数点が高く評価される日をじっと待つ。それが全てだ。
一生をかけて手に入れた作品の99%は価値がないものかもしれない。しかし、残りの1%がピカソのような芸術家の作品であるのなら、すべての失敗を帳消しにできる。ほとんどが間違いでも、トータルで見れば大正解だったことになるのだ。
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これがテールイベント
ビジネスや投資など、多くのことがこの仕組みで動いている。つまり、テールの力だ。テールとは、結果の分布図の最後尾の部分を指す言葉である。少数の事象が結果の大部分を占めることがある。
ファイナンスの世界において、これは膨大な影響力を持っている。しかし投資家は、「5割の確率で間違っていても、トータルでは大儲けできる」と言うことを簡単には理解しづらい。
私たちは物事の多くが失敗するのが当たり前であることを見逃しているのだ。だから、失敗に過剰に反応してしまう。
バイオ投資におけるテールイベント
これがモーガン・ハウセルが語る投資におけるテールイベントです。この考え方をバイオ投資に転換すると、バイオファンドは正にこのテールイベントを最大限に活用しています。
例えば、バイオファンドで素晴らしいパフォーマンスを毎年記録している RA Capital というファンドがありますが、このファンドの2024年のパフォーマンスをざっくり拝見してみると、失敗とみなせる投資結果も数件ありなすが、それを凌駕するくらいの成功したパフォーマンス (買収による急騰、臨床データが素晴らしく株価が上昇) があります。
例えば失敗例では、Fulcrum Therapeutics (フルクラム・セラピューティクス / FULC) の肩甲上腕筋ジストロフィー(FSHD)を対象とした「losmapimod (ロスマピモド)」第3相REACH臨床試験の一時中止、IPO したばかりの BioAge Labs (バイオエイジ・ラボ / BIOA) の肥満症を対象とした「Azelaprag(BGE-105)」とティルゼパチドの併用療法を評価する STRIDES 第2相臨床試験の中止では、株価は暴落しており、投資としては目先失敗となります。
しかし RA Capital のようなバイオファンドは、無数の有望な臨床バイオ企業の株式を保有することで、失敗があってもその中に爆発的な利益を生む少数のバイオ企業が含まれているため、失敗をも帳消しにする利益を上げることができるのです。
2024年に RA Capital の保有銘柄で買収されたのは、Gracell Biotechnologies (GRCL)、Harpoon Therapeutics (HARP)、Longboard Pharmaceuticals (LBPH) などがあります。