スイスの製薬大手 Roche (ロシュ / RHHBY) の2023年の最新資料から、同社が2023年に行った印象的なパイプランの買収・パートナーシップを見てみたいと思います。そこには、大手バイオ企業がどのように事業開発を行なっているのか?というのを垣間見ることができます。
まずロシュのヨーロッパにおける立ち位置は、2023年の GLP-1 減力薬の大ブームを受けて株価が上昇を続けるデンマークの Novo Nordisk (ノボノルディスク / NVO) に次いで2番目に大きな製薬会社です。
ロシュは2023年にパイプラインを買収、パートナーシップ契約を加速させ、免疫学、心血管・代謝(CVM)、腫瘍学、神経学、患者ケア、siRNA(低分子干渉RNA)、RNAi(RNA干渉)、肥満治療、ADC(抗体薬物複合体)、ヘルスケアにおけるAI応用など、さまざまな治療領域における臨床開発の戦略的投資を続けています。
ロシュが2023年に行なった、パイプラインのM&Aと提携
抗TL 1A療法: 炎症性腸疾患 (IBD) の新治療薬を開発する Telavant (テラバント) を買収
炎症性腸疾患(IBD)における抗TL 1A療法は、クローン病や潰瘍性大腸炎を含むこの慢性疾患を管理するための新規かつ有望なアプローチである。TL1A(TNF様リガンド1A)は免疫系の反応に関与するサイトカインであり、炎症やIBDを含む様々な自己免疫疾患の発症に重要な役割を果たしている。
siRNA: 高血圧症を対象に開発中の RNAi 薬である zilebesiran (ALN-AGT01) を導入
AGT (アンジオテンシノーゲン) を標的とする siRNA (small interfering RNA) は、持続的な高血圧を特徴とし、心臓病、脳卒中、その他の健康問題のリスクを著しく増大させる高血圧症の管理における革新的な治療アプローチである。
AGTはレニン-アンジオテンシン系(RAS)の重要な前駆体であり、血圧と体液バランスの調節に重要な役割を果たすホルモン系である。
GLP-1: 減量薬開発のカーモット買収
ロシュは、米カーモット・セラピューティクスを最大31億ドル(約4500億円)で買収することで合意した。カーモットは製薬業界に旋風を巻き起こしている減量薬の新薬を開発している。
ロシュはカーモットが開発中の肥満および糖尿病の候補薬3種を取得することになるが、これにより欧州でデンマークの製薬会社ノボ・ノルディスクと競合する可能性がある。ノボは肥満症治療薬「ウゴービ」の成功で、時価総額で欧州トップの企業の座にのし上がった。
デュアルGLP-1/GIP受容体作動薬は、肥満症および2型糖尿病(T2DM)治療における最先端の治療法であり、グルコースホメオスタシスと体重管理に関与する2つの重要なインクレチンホルモンを標的とする新規の作用機序を提供する。
グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)とグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)は、インスリン分泌の促進、グルカゴン分泌の抑制、満腹感の促進に重要な役割を果たすインクレチンであり、食事摂取量の減少や体重減少につながる。
ADC: 中国のバイオ企業 MediLink と5,000万ドルのADC契約を締結
癌の標的治療に用いられるADCへの注目が高まっていることを示す。抗体薬物複合体は、2023年のバイオファーマのディールメイキングにおいて最も注目されたものの1つである。
抗体薬物複合体(ADC)は、抗体の特異性と細胞毒性薬剤の効力を併せ持つ標的がん治療薬の一種であり、がん治療への戦略的アプローチを提供する。
健康な組織を温存しながら腫瘍細胞を選択的に標的として殺傷するように設計されたADCは、固形腫瘍の治療における強力なツールとして登場した。
ADCの開発は、従来の化学療法と比較して治療成績を向上させ、副作用を軽減することを目的とした、腫瘍学における精密医療の重視の高まりを反映している。
RNA療法: Ionis、アルツハイマー病とハンチントン病の前臨床プログラムをロシュに導出
Ionis Pharmaceuticals は2023年9月27日、アルツハイマー病とハンチントン病を対象とする開発が前臨床段階にある、RNA標的医薬品の2件のプログラムについて、ロシュと協力契約を結んだ。
ロシュは世界的独占的な権利を獲得し、臨床開発、製造、商品化の責任を負う。契約一時金は6000万ドル(約90億円)で、各段階のマイルストーンやロイヤルティー支払いも契約に盛り込まれている。
RNA療法は、アルツハイマー病(AD)やハンチントン病(HD)を含む神経変性疾患の治療における画期的なアプローチである。これらの治療法は、小分子干渉RNA(siRNA)、マイクロRNA(miRNA)調節、メッセンジャーRNA(mRNA)など、さまざまなRNAベースの技術を利用して、これらの疾患に関与する遺伝的・分子的経路を標的とする。
RNAを操作することにより、これらの治療法は、有害タンパク質の産生を減少させ、遺伝子発現を調節し、あるいは遺伝子変異を修正することを目的としており、症状管理にとどまらない疾患修飾の可能性を提供している。
分子接着剤分解剤: Monte Rosa の蛋白質分解誘導薬が第1相で好結果、ロシュと新薬創製で提携
疾患経路を標的とする新しいアプローチである分子接着剤分解剤への新たな関心。分子接着剤型の標的蛋白質分解誘導薬(MGD)ベースの治療薬を開発している、Monte Rosa Therapeutics は2023年10月17日、開発中の分解誘導薬であるMRT-2359が、Myc活性の亢進が見られる固形がん患者を対象とした第1/2相試験の第1相部分の中間解析で良好な結果を示したと発表した。また同日、ロシュと新たなMGDの創製に向けて提携したことも発表した。
分子接着剤分解剤は、腫瘍学と神経学の分野で大きな関心を集めている、新しいクラスの治療薬である。これらの低分子は、標的タンパク質とE3ユビキチンリガーゼとの間のユニークな相互作用を促進することにより、疾患の原因となるタンパク質の分解を誘導し、タンパク質のユビキチン化とプロテアソームによるその後の分解をもたらす。
このアプローチは、単にタンパク質の機能を阻害する従来の阻害剤とは異なり、問題となるタンパク質を細胞から完全に除去するものである。
創薬AI: Nvidia とロシュが提携してAIプラットフォームを立ち上げ
Nvidia は、ロシュの子会社であるジェネンテックと協力して、創薬と開発を加速するためのAIプラットフォーム研究を実施すると発表しました。
ジェネンテックは、NVIDIA BioNemo (医薬品開発用の生成AIプラットフォーム) を使用して、バイオテクノロジー企業がモデルを大規模にカスタマイズし、BioNemo クラウドアプリケーションプログラミングインターフェイスを計算創薬ワークフローに直接統合できるようにする予定です。
創薬のためのジェネレーティブAI(人工知能)は、高度な機械学習モデルを活用して、望ましい治療特性を持つ新規分子構造を生成する変革的なアプローチである。この革新的なAIの活用は、創薬プロセスを大幅に加速し、コストを削減し、新薬開発の効率を高めることで、製薬業界に革命をもたらしている。
PoC: COVID テストプレーヤー LumiradX 診断プラットフォームの一部を2億9,500万ドルで購入
診断プラットフォームの開発を手がける LumiradX のポイント・オブ・ケア部門をロシュが買収すると発表した。買収額は2億9,500万ドルで、取引は2024年半ばに完了する見込み。
複数の診断モダリティを単一のプラットフォームに統合するPoint-of-Care(PoC)技術は、医療診断における重要な進歩であり、便利で効率的な患者検査への包括的なアプローチを提供する。
この技術は、感染症から慢性疾患に至るまで、様々な健康指標や状態を単一の装置で同時に検出・分析することを可能にする。複数の診断モダリティを1つのプラットフォームに統合することで、診療所やベッドサイド、あるいは遠隔地などのポイント・オブ・ケアにおいて、迅速かつ正確で実用的な情報を提供し、患者ケアを大幅に改善することができる。
この欧州第2位の時価総額を誇る、ロシュの戦略的なパイプランを見ると、オンコロジー、GLP-1 (減量薬) といった、トレンドとなるパイプランをしっかりと買収しながら突き進んでいることを観察することができます。
大手バイオ企業は、このようにM&Aや提携を加速させながら拡大を続けています。また、このロシュのパイプライン買収・開発を見ると、臨床段階のバイオ企業がどのように買収されているのか?
トレンドとなっている分野はどこなのか?ということも見えてきます。減量薬の開発で頓挫してしまった Pfizer (ファイザー / PFE) は株価も下落気味ですが、ロシュのように自社のパイプラインに GLP-1 (減量薬) が欲しいことは一目瞭然です。
ロシュ、2025年以降の主要な成長促進要因となる医療品分野
現在ロシュが開発中の薬剤は、以下の治療領域に分けられています。やはり、オンコロジーに力を入れており、次いで神経学、免疫学と続いています。
Oncology / Hematology (腫瘍学/血液学)
非小細胞肺がん(NSCLC)、乳がん(BC)などの治療薬が開発されており、フェーズ2またはフェーズ3のデータの読み出し(readout)、米国・欧州での提出(US/EU filing)が予定されています。
Neurology (神経学)
筋ジストロフィー(DMD)、パーキンソン病(PD)、脊髄性筋萎縮症(SMA)、アルツハイマー病(AD)、多発性硬化症(MS)などの治療薬がリストされています。
Immunology (免疫学)
リンパ節腫(LN)、炎症性腸疾患(IBD)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの適応症を持つ薬剤が開発中です。
Ophthalmology (眼科学)
加齢黄斑変性(GA)を対象とした治療薬。
Cardiovascular & Metabolism(心血管と代謝)
高血圧(HT)、肥満などに対する治療薬。
それぞれの薬剤は、2024年から2025年の間にフェーズ2またはフェーズ3のデータが読み出される予定であることが示されています。