投資家の間でも一時は期待されていたバイオ企業 Invitae (インビティ / NVTA)、DermTech (ダームテック / DMTK)、eFFECTOR Therapeutics (エフェクター・セラピューティクス / EFTR) の破産は、バイオテクノロジー業界の複雑性と課題を浮き彫りにしています。これらの企業の失敗には、共通点や要因はあるのでしょうか?
バイオ企業にありがちな、期待されていたバイオ企業の破産要因から得られる洞察を提供します。まずは、Invitae、DermTech、eFFECTOR 各々の主な破産要因から、この手の新興バイオ企業にありがちな失敗事例を共有します。
Invitae の破産
Invitae と言えば、2020年にキャシーウッド率いる ARK Invest のETF $ARKK 組み入れ上位の遺伝子検査会社として知られており、ソフトバンクグループも出資していました。ARK は、Invitae の遺伝子検査について、この分野はいちばん野心的で革新的な企業が5〜10年の期間で市場を支配する、と述べており非常に強気で展開していました。
破産後も多くの株式をポートフォリオに組み込んだままだったように記憶しています。Invitae の破産には、以下のような複数の要因が考えられます。
1. 急速な拡大戦略と財務負担
Invitae は積極的な買収戦略を展開し、急速に事業を拡大しました。しかし、この戦略は多額の負債を生み出し、財務的な圧迫要因となりました。
2. 継続的な赤字
売上は増加していたものの、継続的な赤字を計上していました。2022年には約6億3,000万ドルの損失を報告しています。
3. 高いバーンレート
研究開発、マーケティング、運営コストが高く、キャッシュの消費が急速でした。
4. 市場環境の変化
遺伝子検査市場の競争激化や価格圧力により、利益率の維持が困難になった可能性があります。
5. 技術の進歩と陳腐化
遺伝子検査技術の急速な進歩により、既存の技術や設備の陳腐化が早まり、継続的な投資が必要になった可能性があります。
6. 統合の難しさ
多くの企業を買収した結果、それらを効率的に統合し、シナジーを生み出すことが困難だった可能性があります。
7. 資金調達の困難
バイオテク業界全体の投資環境の悪化により、新たな資金調達が困難になったことが考えられます。
Invitae の事例は、バイオテクノロジー業界における急速な成長戦略のリスクを示しています。技術革新と市場拡大の可能性に注目が集まる一方で、財務的な持続可能性や効率的な事業運営の重要性が軽視されてしまったケースかもしれません。
また、バイオテクノロジー企業の評価において、技術力や市場規模だけでなく、財務健全性、経営戦略の実行可能性、市場環境の変化への適応力など、多面的な要素を考慮することの重要性を再確認させるものです。
DermTech が破産した要因
DermTech は、皮膚がんや炎症性疾患の早期発見用医薬品を提供する特殊医薬品メーカーです。DermTech の破産は複数の要因が絡み合っていると考えられます。
1. 財務的問題
DermTech は長期にわたり赤字を計上し続けていました。2023年第2四半期の時点で、現金と現金同等物が約4,600万ドルまで減少していたことが報告されています。継続的な資金調達の困難さが、最終的に破産申請につながったと考えられます。
2. 製品の市場浸透の遅れ
同社の主力製品であるPLAメラノーマテストの市場浸透が期待ほど進まなかった可能性があります。新しい診断方法の採用には時間がかかることが多く、特に既存の方法(この場合は皮膚生検)が広く確立している分野では困難が伴います。
3. 保険償還の課題
医療保険会社からの償還が十分に得られなかった可能性があります。新しい診断技術の保険適用には時間がかかることが多く、これが収益の伸び悩みにつながった可能性があります。
4. 競争の激化
皮膚がん診断の分野は競争が激しく、他の企業や技術との差別化が難しかった可能性があります。
他にも、規制上の課題や経済環境の変化、市場予測の甘さ、など複数の要因が重なったことも考えられます。DermTech の発散は、革新的な技術を持つバイオテク企業であっても、その技術を持続可能なビジネスモデルに転換することの難しさを示しています。
特に、医療分野での新技術の導入には、技術的な優位性だけでなく、市場受容性、規制対応、財務管理など、多面的な要素が重要であることを示唆しています。
また、この事例は、バイオテク業界への投資や評価において、技術の革新性だけでなく、事業の実行可能性や財務の健全性を慎重に評価することの重要性を再確認させるものです。
eFFECTOR Therapeutics の破産
eFFECTOR Therapeutics の主な破産要因につは次のような決定的なものがあります。
1. 臨床試験の失敗
eFFECTOR Therapeutics の主要な製品候補であるトミボセルチブ (tomivosertib) は、非小細胞肺癌(NSCLC)の患者を対象としたフェーズ2b試験において、無進行生存期間の改善を示すことができませんでした。この失敗により、この薬剤の開発を続けるための明確な道筋が見えなくなりました。
2. 戦略的代替案の欠如
トミボセルチブ以外にも、同社の他の開発プログラムであるゾタチフィン (zotatifin) も中期試験において期待された成果を上げることができず、会社はこれらのプログラムに対する戦略的代替案を見つける必要がありました。
3. 財務的困難
臨床試験の失敗と進展の欠如により、投資家の信頼が失われ、株価が急落しました。これにより、会社は資金調達が困難になり、事業を継続するためのリソースが枯渇しました。
4. 経営陣の離職
会社は経営陣の大幅な人員削減を実施し、これにはCEO、CFO、CMOが含まれていました。このようなリーダーシップの不在は、会社の運営と戦略的決定においてさらなる困難を引き起こしました。
これらの要因が重なり、eFFECTOR Therapeutics は事業を終了し、破産に至ることとなりました。
バイオテクノロジー企業が陥りがちな破産要因
Invitae、DermTech に共通するのは、市場の期待値が高かったにも関わらず最終的には破産してしまったことです。eFFECTOR Therapeutics については、主要なパイプラインの臨床試験が失敗に終わり、それが決定的な要因となってしまいました。
これらの株が高値で取引されていた際には、まさか破産、上場廃止になるとは誰も思いも寄らなかったと思います。しかし、Invitae、DermTech と期待されていた革新的なバイオ企業が2024年に揃って破産した、というのは興味深い事例です。
3社の破産要因も確認しながら、バイオテクノロジー企業が陥りがちな破産要因を改めて見てみましょう。
1. 資金繰りの問題
バイオテク企業、特に臨床段階、研究開発段階の企業は、製品が市場に出るまでに長期間の資金投入が必要で、とにかくお金がかかります。そして殆どの企業が、その資金を回収できずに消えてしまうのです。
特に経済環境の変化 (金利の上昇など) や投資家の信頼低下により、必要な資金調達が困難になることがあります。
2. 規制上の障壁
医療機器や診断技術の承認プロセスは厳格で時間がかかります。予期せぬ規制上の問題や承認の遅れが、企業の財務計画を狂わせる可能性があります。
3. 技術的課題
革新的な技術を実用化する過程で、予期せぬ技術的問題に直面することがあります。これらの問題解決に時間とリソースを要し、市場投入の遅れにつながる可能性もある。
4. 市場競争の激化
バイオテクノロジー分野は競争が激しく、新技術や競合製品の登場により、市場シェアの獲得や維持が困難になるケースが多くあります。
5. 過度の楽観主義
新技術の可能性に対する過度の楽観主義が、現実的な市場予測や財務計画の策定を妨げることがあります。
6. スケールアップの難しさ
研究室レベルで成功した技術を商業規模に拡大する際に、予期せぬ問題が発生することがあります。
7. 高額な運営コスト
研究開発、臨床試験、規制対応などに多額の資金が必要で、収益を上回るコストが長期間続くことがあり、結局資金が足りなくなってしまう。
8. 市場ニーズとのミスマッチ
技術的に優れていても、実際の市場ニーズや医療現場のワークフローに適合しない場合があり、結局日の目を見ないということがあります。
9. 経営管理の問題
急速な成長に伴い、適切な経営管理体制の構築や人材確保が追いつかないことがあります。特にアグレッシブルな買収を繰り返す企業は、企業統合が上手くいかないケースもある。
10. 外部環境の変化
COVID-19 のパンデミックやマクロ経済の変動、金利の上昇、金融政策の変更など、企業のコントロール外の要因が事業計画に大きな影響を与えることがあります。
これらの企業に共通する点としては、革新的な技術を持ちながらも、その技術を持続可能なビジネスモデルに転換することの難しさが挙げられます。また、高い期待値が逆に財務的な圧力となり、長期的な視点での事業展開を困難にする場合もあります。
バイオテク業界の特性として、成功までの道のりが長く、不確実性が高いことが挙げられます。一方で、成功した場合の社会的インパクトや経済的リターンは非常に大きいという特徴があります。
この業界で成功するためには、技術力だけでなく、長期的な視点での財務管理、柔軟な事業戦略、リスク管理能力、そして現実的な市場評価が重要となります。また、投資家や株主とのコミュニケーションを通じて、適切な期待値のマネジメントを行うことも重要です。
これらの事例は、バイオテク業界の複雑性と、イノベーションを持続可能なビジネスに転換することの難しさを示しています。同時に、この分野での成功には、技術革新だけでなく、慎重な事業計画と実行力が不可欠であることを教えてくれます。
考察
私は当時、両社に投資しており、特に Invitae にはかなり入れ込んでいました。周りの投資家も Invitae に強気で、株価もそれに押される形で上昇していました。しかし多くの銘柄と同じように、FRBの金融政策が利下げから利上げに移り変わるうちに同社にも陰りが見えていたのかもしれません。
その後も出たり入ったり、損切りしたりスイングしていたのですが、市場環境が変化にこれらの資金を大量に必要とする、Invitae、DermTech のような新興のバイオ企業は余程のことがない限り生き残ることは不可能であるのではないかと思います。
借金があなたの未来を定義する
負債については、次のような例え話があります。
日本には少なくとも500年以上の歴史を持つ企業が140ある。 1,000年以上継続して営業していると主張する企業もいくつかあります。これらの何十回もの戦争、大地震、津波、不況があっても何世代にもわたって延々と続いています。
このような超耐久性のあるビジネスは「シャイニーズ」と呼ばれ、その研究によると、彼らには共通した特徴があります。それが、何世紀にもわたる絶え間ない災難に耐える理由のひとつだと言います。
作家ケント・ナーバーンは次のような言葉を残しています。
借金があなたの未来を定義する。そして、あなたの未来が定義されたとき、希望は死に始める – ケント・ナーバーン
つまり、財務的な自由が個人や企業の未来に与える影響を強調しています。借金を避けることで、これらの企業は自由に成長し、繁栄し続けることができるのです。
バイオ企業においても、最も多いケースが資金難による破産だと思います。希望を語るだけではダメで、ゲームが変わった時に = 市場環境が変わった時に、稼ぎ手、キャッシュがなければいずれ潰れてしまうのはお決まりのパターンなんだと認識することが重要です。