ChatGPT の登場、世界的な熱狂を迎えたことにより、今後の重要なスキルとして「推論力」が試されることになると思います。
観察したデータ、経験した経験値を元に推論を導き出して、ベイズの定理みたいに入ってくるデータによって軌道修正しながら、どんどん推論を立体化させ構造物のように頭の中で描いていくようなスキル。言わばピエール・バイヤールの著書『読んでいない本について堂々と語る方法』を身につけること、とも言えるかもしれません。
私が “推論” を意識するようになったのは、ChatGPT が登場し世界中の人々が熱狂し出した2023年3月頃です。恥ずかしい話ですが、それまで “推論” という言葉をあまり認識していなかった (聞いたことがなかった) と思います。どちらかと言うと、予想するとかオッズ (ある事象が起こる可能性の見積もり) という方に精通していました。
推論と予想の違い
予想と推論は似ている概念ですが、根本的な違いがあります。予想は未来の出来事を予測するのに対し、推論は現存する情報や証拠に基づいて論理的な結論を導くプロセスです。予想は確実性に欠けることがあるのに対して、推論は論理的な根拠に基づいているため、信頼性が高いとされています。
推測力を身に着けることで、不確実性の高い環境変化を読み解き、確実性の高い結論や仮説を立てることができます。これにより、意思決定がより的確になり、大局観を持って生きることができるはずです。現在のような不確実性の多い時代において、推測力を磨くことは、組織や個人が競争力を維持し、変化に適応するための重要な要素となります。
この記事では、今後重要なスキルになるであろう、推論について、推論力を鍛える方法、ピエール・バイヤールの著書『読んでいない本について堂々と語る方法』的な思考が今後重要になることについて、推論を学ぶ参考図書について詳しくご紹介します。
推論とは?
推論とは、既知の情報や事実から新たな結論や仮説を導き出す思考プロセスのことを指します。推論には、一般的には演繹的推論(デジュクティブリーズニング)と帰納的推論(インダクティブリーズニング)の2つのタイプがあります。
演繹的推論
演繹的推論は、一般的な原則や法則から特定の事例に関する結論を導き出すプロセスです。この種の推論は、既知の原則が正しい場合、結論も必ず正しいとされる論理的な確実性を持ちます。
例)
前提1: すべての人間は死ぬ。
前提2: ソクラテスは人間である。
結論: ソクラテスは死ぬ。
この例では、一般的な原則 (すべての人間は死ぬ) と特定の事例 (ソクラテスは人間である) を組み合わせて、結論 (ソクラテスは死ぬ) を導き出しています。
帰納的推論
一方、帰納的推論は、特定の事例や観察から一般的な原則や法則を導き出すプロセスです。帰納的推論では、前提が真であっても、結論が真であるとは限りません。ただし、多くの場合、結論は合理的であり、高い確率で正しいとされます。この種の推論は、確実性は低いものの、新たな知識を発見する上で重要な役割を果たします。
例)
観察1: 鳥Aは羽があり飛んでいる。
観察2: 鳥Bは羽があり飛んでいる。
観察3: 鳥Cは羽があり飛んでいる。
結論: すべての鳥は羽があり飛んでいる。
この例では、特定の観察(鳥A、B、Cが羽があり飛んでいる)から、一般的な原則(すべての鳥は羽があり飛んでいる)を導いています。ただし、珍しいケースで飛べない鳥(例えば、ペンギンやオウム)もいるため、この結論は絶対的には真ではありません。
推論力とは?
推論力とは、推論を効果的に行う能力のことを指します。推論力を高めることによって、問題解決能力や判断力が向上し、新たな知識を獲得しやすくなります。また、推論力は、批判的思考や創造的思考にも密接に関連しており、日常生活や仕事、学業など様々な分野で活用されます。
ChatGPT における推論の重要性
大規模言語モデル (LLM) において、推論とアクションを組み合わせた ReAct (Reason + Act) は、推論と行動を統合するフレームワークです。推論と行動の2つの間の相乗効果を高めることを可能にします。ReAct のプロンプトを使うことで、深い洞察を得ることができます。
「テキスト入力」
Thought :
Action :
Observation :
論文 : ReAct:言語モデルにおける推論と演技の相乗効果
ChatGPT における推論の重要性は、ユーザーの質問や懸念に対してより正確で有益な回答を提供する能力にあります。推論力を持つ ChatGPT は、与えられた情報や証拠に基づいて論理的に結論を導くことができ、ユーザーにとって価値ある情報やアドバイスを提供できます。
ReAct フレームワークは、推論とアクションの組み合わせを通じて、ChatGPT がユーザーとの対話の中で、より効果的に情報を処理し、適切な行動を決定できるようになります。このフレームワークは、ユーザーが抱える問題や課題に対して、適切な解決策を見つけ出すために、既知の情報や観察を元に推論を行うことを促します。
例えば、ビジネスシナリオにおいて、ChatGPT は市場分析や競合分析などの情報に基づいて、企業の戦略や意思決定をサポートするための洞察を提供することができます。また、個人的な悩みや問題に対しても、推論力を活用して適切なアドバイスや解決策を提案することができます。
総じて、推論力を持つ ChatGPT は、ユーザーのニーズや要求に対して適切かつ効果的な回答を提供することができ、その結果としてユーザーとの対話の質を向上させることができます。ReAct フレームワークは、推論とアクションを統合することで、より深い洞察と効果的なコミュニケーションを実現する重要な要素となります。
あなたの推論力が試される時代に
羽田康祐氏の著書『問題解決力を高める「推論」の技術』のまえがきには、以下のようなことが書かれています。
多くの企業やビジネスパーソンは、これまで経験したことのない未曾有の変化に晒されている。現在は変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の時代 (VUCAの時代) と言われるように、一寸先の未来させ読みにくい時代だ。
こうした時代には、「今目の前に見えるもの」から物事を考えるのではなく、「その背景には何があって」、「どのような法則」が働いていて、「どのような未来」になりうるのか?を見抜く必要が生じてくる。
そうである以上、今あなたに必要なのは、不確実性の高い環境変化を読み解いた上で確実性の高い結論を生み出す「推測力」だ。
本書は2020年1月に出版され、外資系コンサルティングファーム、大手広告代理店を経た著書による、主にビジネスマンに向けたものとなっているようですが、ChatGPT の登場により、ビジネスマンじゃない人たちも、”推論力” を鍛える必要が出てきたと思います。
今後 AI が様々な形で浸食してくると、人間が果たすべき役割が変化していくでしょう。AI は大量のデータを処理し、可視化することが得意ですが、そのデータから意味のある洞察や戦略を導き出す力は、まだ人間にしかできないスキルです。そのため、人間ができることは、精度の高い指示(プロンプト・エンジニアリング)を出し、AIによって可視化されたデータから精度の高い推論を導くことが重要になってきます。
AI と人間が協働する未来において、人間が持つ「推論力」はますます価値が高まり、ビジネスや社会全般において重要なスキルとなるでしょう。
人間は会話するのに推論している
言語学者 Nick Enfield (ニック・エンフィールド) 氏の著書『会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか』でも、人は会話をする時に日常的に思考や推論をしているといいます。”推論” という概念を意識していないだけで、みなさんも誰れかと話すときに自然と無意識的推論をしているのです。
会話をする時に、人は以下のように無意識的推論をしています。
・相手の意図や感情を理解する
会話の中で相手が伝えようとしている意図や感情を読み取るためには、言葉や表現から推論を行うことが必要です。
・適切な応答を考える
相手の言葉に対して適切な返答を考えるためには、思考や推論が必要です。特に、複雑な問題や議論が絡む場合には、適切な解答や反論を導き出すために推論が重要になります。
・文脈を考慮する
会話の中で文脈を理解し、適切な言葉や表現を選ぶためには、思考や推論が役立ちます。
・情報の整理と組み立て
会話の中で得られた情報を整理し、新たなアイデアや意見を組み立てるためには、思考や推論が必要です。
・問題解決
会話の中で問題が提示された場合、その解決策を見つけるためには、思考や推論を駆使する必要があります。
このように、会話において思考や推論は、相手とのコミュニケーションを円滑に進めるために重要な役割を果たします。また、思考や推論力を高めることで、会話の質も向上し、相手との関係構築にも寄与します。
要は、みんな会話において無意識的な “推論” をしており、私たちの思考は推論の連続であると言っても過言ではないのです。日常生活での思考は推論の連続で、その多くは論理形式に従うより、文脈情報に応じた知識を使ったり、心の中のモデルを操作してなされる。
現実世界はまた、不確定要素に満ちているので、可能性の高さを直感的に判断して行動を決めている。推論はさらに、その人の信念や感情、他者にも影響される。
『読んでいない本について堂々と語る方法』で推論力、推論のプロセス学ぶ
パリ第八大学教授、精神分析家のピエール・バイヤール氏の著書『読んでいない本について堂々と語る方法』は、読んでいない本、あるいは部分的にしか読んでいない本について、知的で妥当性のある話ができるというアイデアを探求している。
本書では、未読の本、あるいは部分的にしか読んでいない本について、知的に、そして関連性をもって語ることは可能である、という考えについて述べています。例えば、本の評判を参考にする、書評や要約を読む、似たような過去に読んだ本を参考に語る、他の読者の意見に耳を傾けるなど、未読の本について議論するためのさまざまなテクニックを提案しています。
つまり、自分がこれまで読んだ同じような本、本のタイトルからインスピレーションなど、最低限の情報から自分の経験値 (これまで読んだ似たような本、本のタイトルと似たような記事、Twitter で何となく見た本の広告) を元に読んでない本について推論することで、読んでない本についてしれっと読んだかのように語ることはできるということです。
そのため読んでない本について語る際には、個人的な解釈や創造性が重要であることが強調されます。
限られた情報に基づいて分析し、解釈し、結論を導き出す
ピエール・バイヤール氏の考え方は、「本を全部読まなければ有意義な議論はできない」という従来の考え方に挑戦するものです。彼は、たとえ本を読んでいなくても、本やそのアイデアに関わる際には、批判的かつ創造的に考えるよう読者に勧めています。このアプローチは、限られた情報に基づいて分析し、解釈し、結論を導き出すことを要求するため、推論能力の発達を促します。また、文脈や個人的な解釈、自分の知識が常に不完全であることを理解することの重要性も強調されています。
手に入る情報を集めよ!
ピエール・バイヤール氏の本は、未読の本について議論するために、本の評判を頼りにする、レビューを読む、他の読者の意見に耳を傾けるなど、さまざまなテクニックを提案しています。これらの行動は、個人が入手可能な情報に積極的に関与し、異なる知識のソースを総合して推論する練習をすることができます。また、本について議論する際には、アイデアを共有し、仮定に挑戦し、対話を通じて理解を更に深めることができます。
観察力を養う
ピエール・バイヤール氏のアプローチは、読者に観察力を養い、さまざまな知識源を受け入れるよう促すものです。読んだことのない本について話し合うことで、さまざまな視点に注意を払い、パターンを認識し、異なるアイデア同士を結びつけることを学ぶことができます。その結果、価値ある情報を見極め、自分のテーマとの関連性を評価することができるようになり、推理力が高まります。また、他の人が本についてどのように話しているかを観察したり、他の人と会話をすることで、人がどのように意見を形成し、議論を行い、複雑な考えに関与しているかを示す、推論プロセスへの洞察を得ることができます。
まとめると、ChatGPT の登場で推論力、推論のスキル向上が重要になっていくと思いますが、ピエール・バイヤール氏が本国で2007年に出版 (日本版は2016年) した本書『読んでいない本について堂々と語る方法』が、今再び注目される時だと思います。この本が説くアプローチ、スタンスは貴重であり、今後益々重要になってくると思います。本書で推論力を鍛え、推論のプロセスを体現しながら学びましょう。
推論を学ぶ参考図書
以下では、推論について学ぶことのできるおすすめの本を紹介します。
『考えることの科学―推論の認知心理学への招待』市川伸一(著)
日常生活での思考は推論の連続といえる。その多くは論理形式に従うより、文脈情報に応じた知識を使ったり、心の中のモデルを操作してなされる。現実世界はまた、不確定要素に満ちているので、可能性の高さを直観的に判断して行動を決めている。推論はさらに、その人の信念や感情、他者にも影響される。推論の認知心理学は、これら人間の知的能力の長所と短所とをみつめ直すことによって、それを改善するためのヒントを与えてくれる。
『問題解決力を高める「推論」の技術』羽田康祐 (著)
「VUCA(予測不能)の時代」では、確かに不確実性が高まり、将来の予測が難しくなっています。そのため、「推論力」がビジネスやキャリアにおいて非常に重要なスキルとなっています。
推論力を身につけることで、目の前にある情報だけでなく、背後にある法則や仮説を考慮し、未来の可能性を見抜くことができます。これは、組織や個人の意思決定において有効であり、さまざまな困難や問題に対処する力を向上させます。
日常的に感じる悩みや疑問に対しても、推論力を用いることで問題の原因を見抜き、解決策を考えることができます。これにより、自分の提案が通りやすくなったり、仕事の効率が向上したりすることが期待できます。
本書では、ビジネスを事例に、推論力の基礎から応用までを徹底的に解説しています。これにより、読者は推論力を身に着けることができます。
『読んでいない本について堂々と語る方法』ピエール・バイヤール (著)
本は読んでいなくてもコメントできる。いや、むしろ読んでいないほうがいいくらいだ―大胆不敵なテーゼをひっさげて、フランス文壇の鬼才が放つ世界的ベストセラー。ヴァレリー、エーコ、漱石など、古今東西の名作から読書をめぐるシーンをとりあげ、知識人たちがいかに鮮やかに「読んだふり」をやってのけたかを例証。テクストの細部にひきずられて自分を見失うことなく、その書物の位置づけを大づかみに捉える力こそ、「教養」の正体なのだ。そのコツさえ押さえれば、とっさのコメントも、レポートや小論文も、もう怖くない!すべての読書家必携の快著。